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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)528号 判決

控訴人 西村元子

みぎ訴訟代理人弁護士 小野武一

被控訴人 嶋本利彦

みぎ訴訟代理人弁護士 棗田愛

主文

原判決を取り消す。

控訴人は被控訴人に対し、被控訴人が控訴人に対し金一〇三万二、九一二円およびこれに対する昭和四五年一二月一七日以降完済に至るまで(但し、二年間分の限度を超えることはできない。)年五分の割合による金員を支払うのと引換えに、別紙目録第一項記載の物件についての同第二項記載の仮登記の抹消登記手続をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人の負担とし、他の一を被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴代理人、

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決。

二、被控訴代理人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  訴訟費用は控訴人の負担とする。

との判決。

第二、当事者双方の主張

一、被控訴代理人

(一)  請求の原因

(1) 別紙目録記載の建物は、もと訴外田中重雄(以下訴外田中と云う)の所有であった。

(2) 被控訴人は、訴外田中に対する金銭消費貸借契約上の債権に対する代物弁済として、本件建物の所有権を取得した。すなわち、

(イ) 昭和三三年五月一二日、被控訴人は訴外田中に対し金二〇万円を貸し付けると共に、同貸金債権の弁済を担保するために、訴外田中との間に、訴外田中は被控訴人を権利者として本件建物について抵当権を設定し、且つ、みぎ債権の弁済を遅滞したときは、みぎ債権の代物弁済として被控訴人に対して本件建物の所有権を譲渡する旨の契約を締結し、即日、本件建物についてみぎ契約に基づく抵当権設定登記手続および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続がなされた。

(ロ) その後、被控訴人は訴外田中の要請を容れて、いずれも前記抵当権および代物弁済予約上の請求権の被担保債権とする約束の下に、訴外田中に対し、(い)昭和三三年五月三一日に金五〇万円、(ろ)同年六月三〇日に金五〇万円、(は)同年七月三一日に金五〇万円、以上合計一五〇万円を貸し付け、前記二〇万円の債権を加えて、前記抵当権および代物弁済予約上の請求権の被担保債権として総計一七〇万円の債権を有するに至った。

(ハ) しかるに、訴外田中は被控訴人に対してみぎ債権を全然支払わなかったので、昭和三四年二月二八日、被控訴人と訴外田中が相談した結果、みぎ両者間に、前述の昭和三三年五月一二日に成立した代物弁済予約の履行として、前記一七〇万円の債権の元利金に対する代物弁済として、訴外田中から被控訴人に本件建物所有権を譲渡し、その旨の所有権移転登記手続をする旨の約束が成立し、みぎ約束に基づいて、昭和三四年四月二〇日代物弁済を原因として取得者を被控訴人とする本件建物所有権の移転登記手続を終った。

(ニ) みぎ代物弁済予約完結の当時、本件建物については、訴外田中が訴外福徳相互銀行(以下訴外福徳相互と云う)および同殖産住宅相互株式会社(以下訴外殖産住宅と云う)から借り受けた各債務を担保するために、被控訴人を権利者とする前記各担保権よりも先順位の各抵当権設定登記がされていたので、被控訴人は、前記代物弁済予約の完結により、みぎ先順位の各抵当権付きのままの本件建物所有権を取得したことになるわけであって、みぎ各抵当権の負担付きの当時の本件建物の価額は、被控訴人の訴外田中に対する前記一七〇万円の債権の元利合計額以下のものであったから、前記代物弁済により本件建物は終局的に被控訴人の所有に帰した。ちなみに、その後、被控訴人は訴外福徳相互および同殖産住宅に対し合計金五六万七、〇〇〇円を支払って、前記先順位の各抵当権の抹消登記手続を受けた。

(3) しかるに、本件建物には、現在においても、被控訴人を権利者とする前記抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記よりも後順位の控訴人を権利者とする別紙目録記載の所有権移転請求権保全の仮登記がされている。しかしながら、被控訴人が前記先順位の仮登記のある代物弁済予約を完結して本件建物の所有権取得登記手続を受けたのであるから、みぎ被控訴人を権利者とする仮登記よりも後順位の仮登記によって保全された控訴人の本件建物についての所有権移転請求権は、同建物の所有者である被控訴人に対抗することができないものであるから、みぎ仮登記は抹消されるべきものである。

(4) よって、控訴人に対し、みぎ仮登記の抹消登記手続を求める。

(二)  抗弁に対する答弁

(1) 被控訴人が訴外田中から前記抵当権および代物弁済予約による請求権の被担保債権に当る金二〇万円の債権の弁済を受けたことは否認する。被控訴人は訴外田中から未だかつて一円の返済も受けたことがない。控訴人主張の約束手形が訴外田中の手許にあるのは、訴外田中が同手形金を支払期日に支払うことができなかったので、被控訴人が訴外田中の懇請を容れて弁済期限を延期し、支払期日を除いて旧手形と同一内容の新手形と引換えに旧手形を返還した。従って、訴外田中は被控訴人に手形金を支払ってはいない。

(2) 控訴人が訴外田中に対して控訴人主張の債権を有することは否認する。被控訴人は代物弁済によって本件建物所有権を終局的に取得したので、みぎ建物を処分して、訴外田中または控訴人との関係で債権債務関係を清算する義務はない。

二、控訴代理人

(一)  答弁

本件建物がもと訴外田中の所有であったこと、訴外田中が被控訴人から被控訴人主張の年月日に金二〇万円を借り受け、その担保として、本件建物について被控訴人を権利者として被控訴人主張の抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の各手続をしたこと、本件建物について被控訴人を取得者として被控訴人主張の所有権移転登記手続がされていることおよび、本件建物について控訴人を権利者とする本件仮登記があることは認めるが、被控訴人のその余の主張は否認する。

被控訴人が訴外田中に対して金五〇万円宛三回合計一五〇万円を貸与した事実はない。そのことは、被控訴人は金融業者であるから無証書で金を貸すはずがないのに、みぎ五〇万円宛三回合計一五〇万円の金員を貸与したことを証する書類を所持していないことから明白である。仮にみぎ一五〇万円の債権が実在していたとしても、同債権は被控訴人を権利者とする本件建物についての抵当権ないし前記仮登記によって保全された権利の被担保債権には該当しない。

以上のように、被控訴人は本件建物所有権を取得していないので被控訴人にみぎ建物の所有権のあることを前提とする本訴請求は失当である。

(二)  抗弁

(1) 本件建物についての被控訴人を権利者とする前記仮登記手続は同抵当権設定登記と同時にされたものであって、みぎ仮登記によって保全される権利の被担保債権と抵当権の被担保債権とは同一の債権であるところ、昭和三三年六月二五日訴外田中は被控訴人に対してみぎ抵当権の被担保債権に当る金二〇万円を弁済した。みぎ弁済は控訴人が訴外田中に支払った本件建物の売買代金四五万円の一部をもってしたが、その際被控訴人に交付していた訴外田中振出に係る額面二〇万円の約束手形を受け戻した。従って、本件建物についての被控訴人を権利者とする仮登記によって保全された被控訴人の代物弁済予約上の請求権も被担保債権の消滅により失効したから、たとえ被控訴人がその後訴外田中に対して新たな債権を取得しても、前記代物弁済予約の効力は被控訴人が新たに取得したみぎ新債権に及ばない。したがって、みぎ新債権に対する代物弁済として本件建物所有権を取得することはできない。

(2) 仮に被控訴人の前記新債権に対する代物弁済として訴外田中から被控訴人へ本件建物所有権が譲渡されたとしても、みぎ代物弁済契約は前記代物弁済予約の完結履行としてされたのではないのに対して、控訴人は、みぎ所有権の移転に先立って、訴外田中との間に、本件建物について、つぎに述べるような代物弁済予約を締結し、みぎ予約上の請求権を保全するために本件仮登記を受けたから、控訴人はみぎ請求権をもって被控訴人に対抗することができ、被控訴人は控訴人に対しみぎ請求権を保全する本件仮登記の抹消登記を請求することができない。

すなわち、控訴人は昭和三三年六月二五日訴外田中から本件建物を代金七〇万円とし、特約として訴外田中の訴外殖産住宅に対する債務を控訴人において引き受けて支払う旨の約束で買い受け、うち金四五万円を即時訴外田中に支払ったので、売買契約不履行の場合における売買代金および前記立替金の返済請求権を担保するために、同年八月五日訴外田中との間に、万一みぎ売買契約が解除された場合に訴外田中が控訴人に対して売買代金および立替金を返済することができないときは、訴外田中は控訴人に対してみぎ債務の代物弁済として本件建物所有権を譲渡する旨の代物弁済予約を締結し、翌六日、本件建物について控訴人を権利者として代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続を了した。その後控訴人は訴外田中に対し本件建物の売買代金残額二五万円を支払い、ついで後記のように訴外殖産住宅に対し訴外田中の債務の弁済として合計金五八万二、九一二円を支払ったので前記代物弁済予約の対象となる債権額は一二八万二、九一二円となった。

(3) 仮に被控訴人の本件建物所有権の取得が本件建物についての被控訴人を権利者とする仮登記の原因である代物弁済予約を完結した結果であるとしても、みぎ代物弁済予約は金銭債権担保のために締結されたのであって、しかもその被担保債権は金二〇万円の貸金の元利金債権であるのに対し、被控訴人が本件建物所有権を取得した当時みぎ建物の時価は約一八〇万円であったので、被控訴人は訴外田中および控訴人に対して本件建物の処分代金をもって債権債務関係を清算する義務がある。

控訴人の訴外田中に対する債権のうち本件建物の処分代金をもって支払いを受けることができる債権は、前記売買代金返還請求権七〇万円のほか、つぎのとおりである。すなわち、本件建物については、控訴人および被控訴人のみぎ建物についての前記の各仮登記より先順位の訴外殖産住宅を権利者とする抵当権設定登記がされていたので、控訴人は、訴外田中との間に本件建物の売買契約を締結した後、訴外田中に代位して、訴外殖産住宅の訴外田中に対する前記抵当権の被担保債権の弁済として、同訴外会社に対し、三回に亘り、六万七、二〇〇円、三八万〇、八〇〇円、一三万四、九一二円、合計金五八万二、九一二円を支払い、訴外田中に対し同額の立替金債権を取得したから、控訴人はみぎ立替金債権の弁済として、本件建物の処分代金をもって、被控訴人の訴外田中に対する各債権に優先して支払を受けることができる。

以上被控訴人から控訴人に対する総計金一二八万二、九一二円の元金および各債権成立以後の法定利息相当額の支払いと控訴人の被控訴人に対する本件仮登記の抹消登記手続義務の履行とは同時履行の関係にあるので、控訴人は被控訴人からみぎ清算金の支払いがあるまで、本件仮登記の抹消登記手続を拒否する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、当事者間に争いのない事実

(一)  本件建物がもと訴外田中重雄の所有であったこと、

(二)  訴外田中が昭和三三年五月一二日被控訴人から金二〇万円を借り受け、その担保として、被控訴人との間に、本件建物について、被控訴人を権利者として抵当権を設定するとともに、訴外田中が期限にみぎ債務の弁済を怠ったときには被控訴人は代物弁済として本件建物の所有権を取得する旨の代物弁済予約を締結し、即日その旨の抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の各手続をしたこと、

(三)  本件建物には

(1)  昭和三三年八月六日受付で原因を同月五日の代物弁済予約権利者を控訴人とする所有権移転請求権保全の仮登記、および、

(2)  昭和三四年四月二〇日受付で原因を同年二月二八日の代物弁済取得者を被控訴人とする所有権移転登記

があること。

二、争いのある事実関係について

(一)  当事者間に争いのない事実(一)、(二)と、≪証拠省略≫によると、本件建物についての昭和三三年五月一二日受付の権利者を被控訴人とする仮登記で保全された所有権移転請求権は、同物件についての同日受付の権利者を被控訴人とする抵当権と同一の債権を担保することを目的とするもので、みぎ共通の被担保債権は、債権者被控訴人、連帯債務者訴外田中被服株式会社および訴外田中、債権額二〇万円、弁済期限昭和三三年七月一一日、利息年一割八分、利息の支払期限毎月一一日、特約として利息の支払いを一度でも遅滞したときの遅延損害金を日歩九銭八厘とする旨の約定の金銭消費貸借契約上の債権であったことを認めることができる。

(二)  控訴人は、訴外田中が被控訴人に対して前記元金額二〇万円の被担保債権の元利金を弁済したので、本件建物についての権利者を被控訴人とする前記の抵当権および代物弁済予約に基づく所有権移転請求権は消滅したと主張するけれども、みぎ主張に副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫と比較して措信し難く、乙第二号証の約束手形は、その額面金額が前記抵当権等の被担保債権の元本額と同額の二〇万円で、その支払期日が同債権の弁済期に、その振出日が同債権の成立日に合致し、名宛人も被控訴人名義になっているけれども、その振出人は同債権の当事者とは全く無関係の第三者であるばかりでなく、同手形面の記載や≪証拠省略≫によると、被控訴人が同手形の所持人となった形跡や同手形が取立てのために呈示された形跡が全く認められないので、同手形が訴外田中から被控訴人に対して前記元本額二〇万円の借金の担保または弁済方法として交付していた手形であるかどうか不明であるし、仮にそれが訴外田中から被控訴人に交付されていた手形であるとしても、控訴人が現在同手形を所持しているのは、代りの延期手形を差し入れて旧手形を受け戻したからではないかとの疑も濃厚であって、必ずしも訴外田中が前記借金を完済して同手形を受け戻したことの証拠にはならない。そのほかには控訴人の前記主張を証明するに足りる証拠はない。よって、被控訴人の訴外田中に対する元本額二〇万円の貸金債権が弁済によって消滅した旨の抗弁は理由がない。

(三)  そこで、前記被控訴人と訴外田中との間の代物弁済予約の性質について判断するに、≪証拠省略≫によると、みぎ予約締結当時には、本件建物については、訴外殖産住宅を権利者とする被担保債権元本額一四〇万八、〇〇〇円の抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記、ならびに、訴外福徳相互を権利者とする根抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記があったことが認められ、後記認定のように、少なくともみぎ殖産住宅を権利者とする各担保権については当時相当多額の被担保債権が未払いであった。みぎ先順位の各担保権を負担した状態における本件建物の当時の価値は、同建物の時価から同建物に対する担保権の被担保債権額を控除した額に当るわけであるが、後記認定のように、被控訴人と訴外田中間の前記代物弁済予約締結後に、被控訴人が訴外田中に対して本件建物外一筆を担保として一五〇万円を貸し付けた事実や、控訴人が本件建物を前記各担保権等の負担付きのままの状態で七〇万円で買い受けた事実があることから推理して、本件建物の当時の価額から前記先順位の各担保権の被担保債権額を控除した額は、少なくとも七〇万円を超えるものであったことが明白であって、被控訴人と訴外田中との間の元本額二〇万円の貸金債権の元利金の支払いを担保する代物弁済予約は、金銭債権の担保を目的とする清算型代物弁済予約であったと認めるのが相当である(最高裁判所昭和四二年一一月一六日判決、民集二一巻九号二四三〇頁参照)。

(四)  つぎに、被控訴人と訴外田中との間の代物弁済契約の締結について判断するに、当事者間に争いのない事実(三)、(2)と、≪証拠省略≫を総合すると、被控訴人は、訴外田中に対する金二〇万円の貸金債権の元利金の支払いを担保するために前記抵当権の設定登記および代物弁済予約を原因とする請求権保全の仮登記の各手続を受けて後、昭和三三年五月一五日みぎ抵当権の共同担保物件として本件建物の敷地である大阪市住吉区殿辻町六六番地の二の宅地を追加し、その旨の共同担保物追加の登記を受けた上、訴外田中に対して金銭の貸与を続け、その合計額が一五〇万円となったので、昭和三四年二月二八日、訴外田中との間に、前記代物弁済予約に基づく二〇万円の貸金債権の元利、損害金の代物弁済およびその後の貸付金一五〇万円の債権の元利金の代物弁済として、本件建物を前記訴外殖産住宅および福徳相互を権利者とする各担保権を負担した状態のままで被控訴人において取得する旨の合意をした上で、同年四月二〇日本件建物について被控訴人を取得者としてみぎ代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をしたことを認めることができる。≪証拠判断省略≫

(五)  ところが、前記当事者間に争いのない事実(三)、(1)と、≪証拠省略≫によると、前記被控訴人と訴外田中間の代物弁済契約の成立に先立ち、昭和三三年七月控訴人と訴外田中との間に、訴外田中は控訴人に対し本件建物を代金七〇万円、代金の支払方法は即日金四五万円を支払い、残額二五万円は後日所有権移転登記手続と引換えに支払う。特約として、訴外田中の訴外殖産住宅に対する債務(前記本件建物についての同訴外会社を権利者とする担保権の被担保債権)は控訴人において引き受け、割賦弁済する旨の売買契約が成立し、即日控訴人から訴外田中に対し金四五万円を支払い、ついで同年八月五日、みぎ売買契約の当事者間に、将来万一みぎ売買契約が履行に至らないで解消される場合に備えて、控訴人の訴外田中に対する前記支払済みの売買代金および立替金の返還請求権を担保するために、みぎ返還義務不履行の場合には、その代物弁済として訴外田中から控訴人に対して本件建物所有権を譲渡する旨の代物弁済予約が締結され、翌六日、本件建物について権利者を控訴人として代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたことを認めることができる。

(六)  以上の本件建物についての権利関係によると、被控訴人と訴外田中との間に昭和三四年二月二八日に締結された代物弁済契約は、前記二〇万円の貸金債権の元利、損害金の代物弁済に関する限りでは、前記の被控訴人を権利者とする仮登記のある代物弁済予約の完結行為に該当するが、その余の債権の代物弁済の関係では予約に基づかない新たな代物弁済契約であるところ、みぎ被控訴人を権利者とする代物弁済予約を原因とする仮登記(昭和三三年五月一二日受付)よりも後順位で且つみぎ被控訴人を取得者とする代物弁済を原因とする所有権移転登記(昭和三四年四月二〇日受付)よりも先順位の登記として、控訴人を権利者とし代物弁済予約を原因とする仮登記(昭和三三年八月六日受付)があるので、仮に前記代物弁済契約が、契約当事者間では、被控訴人が代物弁済として本件建物所有権を終局的に取得し、建物の価額が債権額を超過していても被控訴人から訴外田中に清算金を支払う必要がない旨の契約であったとしても、控訴人に対する関係では、民法三七四条が準用される結果、前記二〇万円の貸金債権の元利、損害金のうち、元金と最後の二年分の損害金について控訴人に優先して弁済を受けることができるだけで、その余の債権については、控訴人を権利者とする前記仮登記上の権利によって担保される債権に優先して弁済を受けることはできないわけである。したがって、本件建物の時価が訴外殖産住宅および福徳相互の各担保権の被担保債権額と被控訴人の訴外田中に対する元本額二〇万円の貸金債権の元本と二年分の損害金の合計を合算した額を超過する計算になるならば、控訴人は被控訴人から、みぎ超過額の範囲内で、前記控訴人を権利者とする仮登記上の権利をもって担保される債権の弁済として、清算金の支払いを受けるべき地位にあるわけである(最高裁判所昭和四五年三月二六日判決参照)。

(七)  さて、被控訴人の本訴請求は、被控訴人が昭和三五年法律一四号(同年三月三一日公布、同年四月一日施行、現行不動産登記法一〇五条一項の規定はみぎ改正法によって設けられた。)による改正前の不動産登記法に基づいて、昭和三三年五月一二日受付の被控訴人を権利者とする仮登記に基づいて昭和三四年四月二〇日受付で所有権移転登記を受けたので、みぎ仮登記より後順位の昭和三三年八月六日受付の控訴人を権利者とする仮登記は抹消されるべきものであるので、控訴人に対してその抹消登記手続を求めると云うのであるが、みぎの場合においても、控訴人は被控訴人から清算金の支払を受け得べき地位にあるから、被控訴人のみぎ仮登記抹消登記手続の請求に対して、みぎ清算金の支払いと引換えにのみ控訴人を権利者とする前記仮登記の抹消に応ずる旨の主張をすることができるわけである(最高裁判所昭和四五年七月一六日判決参照)。

(八)  そこで、本件建物の価額をもってする清算関係について判断する。

(1)  ≪証拠省略≫によると、本件建物については、訴外殖産住宅を権利者とする抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする仮登記は昭和三四年一〇月六日受付で同年九月八日の弁済および解約を原因として、訴外福徳相互を権利者とする根抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする仮登記は同年一〇月一二日受付でいづれも同年一〇月九日の解約を原因として、それぞれ抹消登記手続がされているので、各担保権の被担保債権がその頃皆済されたことが認められるところ、≪証拠省略≫と、先に理由二、(五)で認定した事実とを総合すると、控訴人は前認定の売買契約の特約の一部の履行として、訴外田中の訴外殖産住宅に対する債務について、訴外田中に代位して、昭和三三年七月三〇日から昭和三四年二月一九日までの間に、金九、六〇〇円宛七回合計六万七、二〇〇円(第一、四四二号契約に対する弁済分)、同期間に金五万四、四〇〇円宛七回、昭和三四年二月一〇日に金六万五、〇〇〇円、同月一九日金六万九、九一二円、合計五一万五、七一二円(第一、四四三号契約に対する弁済分)、以上総計五八万二、九一二円を支払ったことを認めることができる。

被控訴人は、被控訴人が訴外田中との間に前記代物弁済契約を締結した後、訴外田中に代位して、訴外田中の訴外殖産住宅および同福徳相互に対する各債務の弁済として合計金五六万七、〇〇〇円を支払ってみぎ各債務を皆済したと主張する。成程前述したようにみぎ債務を担保する抵当権設定登記等が抹消されている事実に徴すると、みぎ各債務が現在皆済されていることは確かであるけれども、≪証拠省略≫に徴すると、訴外殖産住宅および同福徳相互の訴外田中に対する各債権の担保としては、それぞれ、本件建物についての抵当権等のほかに、共同担保として同建物敷地について抵当権が設定されていて、みぎ各債権はみぎ建物敷地の処分代金をもって皆済された疑が極めて濃厚であるので、≪証拠省略≫中みぎ各債権が被控訴人の支払いによって皆済された旨の供述部分は措信することができない。そのほか被控訴人がみぎ各債務を弁済したことを認めるに足りる証拠はない。

(2)  控訴人は、控訴人と訴外田中間の本件建物の売買契約の履行として、契約締結と同時に金四五万円を支払ったほか、後日二五万円を支払った旨を主張するけれども、みぎ二五万円を支払ったことを証明するに足りる証拠はなく、かえって、みぎ売買契約中では、みぎ二五万円は訴外田中の控訴人に対する本件建物の所有権移転登記手続と引換えに支払う旨が約定されているのに、みぎ登記手続がされていない事実に徴すると、その支払いは未了であると認めるのが相当である。

(3)  以上の事実関係によると、本件建物の価額をもって決済されるべき現存の債権は、第一順位として被控訴人の訴外田中に対する元本額二〇万円とその二年分の損害金一四万三、〇八〇円合計三四万三、〇八〇円、第二順位として控訴人の訴外田中に対する売買代金四五万円、前記立替金五八万二、九一二円の返還請求権合計一〇三万二、九一二円、およびこれに対するみぎ返還請求のあった当審第三一回口頭弁論期日の翌日に当ることが記録上明白な昭和四五年一二月一七日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員(但し、民法三七四条の準用により二年分を超ゆることはできない)があり、被控訴人の訴外田中に対するその余の債権(すなわち、前記一五〇万円の債権の元利、損害金等ならびに二〇万円の債権の利息および損害金のうち第一順位から除外された部分)は第三順位の債権に当るわけである。

(4)  本件建物の価格は、先に認定したように、昭和三三年七月一一日当時先順位の担保権を負担したままの状態で、七〇万円を超ゆるものであったから、みぎ負担のない現価額は最少限に見積っても二〇〇万円を超えるものであることは明白である。そうすると控訴人は前記第二順位の債権の弁済に当てる清算金として、同債権全額に相当する金員の支払いを受けることができる地位にあるわけである。

三、結論

以上の理由により、控訴人は被控訴人に対して、被控訴人から前認定の第二順位の債権の支払いを受けるまで、前記控訴人を権利者とする仮登記の抹消登記手続をすることを拒否することができるが、みぎ債権の支払があったときは、その支払いと引き換えにみぎ仮登記の抹消登記手続をしなければならない関係にある。よって被控訴人の控訴人に対する請求中みぎ限度における部分は正当として認容すべく、みぎの限度を超える部分は失当として棄却すべきものであるから、以上の当裁判所の判断と異なる原判決は失当で取消しを免れないので、民訴法三八六条、九六条、九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三上修 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)

〈以下省略〉

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